【独立リーグとはなんだ?】その1

広尾晃

今回から、「スポチュニティ」でコラムを書かせていただくことになった。
私は地域スポーツのために、資金集めをしようという「スポチュニティ」の考え方に賛同している。
 
今、政府は、スポーツ振興を推進しようとしている。魅力的なコンテンツであるスポーツをバックアップすることで経済効果を求めているし、人々がスポーツをすることで医療費の抑制にもプラスになると考えている。
それはその通りだが、日本にスポーツを根付かせるためには、地域密着のスポーツをもっと元気にしなければならない。
率直に言って、日本は一見すでにスポーツ大国のように見えるが、実態はお寒いものだ。
一握りのプロスポーツは繫栄しているが、企業スポーツは危機的状況にある。また少子化によって学校スポーツも先細りだ。
地域密着型のスポーツは、企業や学校のスポーツを補完し、人々にスポーツと慣れ親しむ環境を作る上でも非常に重要だ。
今、日本各地に小さなプロスポーツチームが生まれている。これらは、地域スポーツの核となって、人々の注目を集め、スポーツに親しむ機会を作る。またスポーツだけでなく、地域振興のシンボルともなる。これは重要な役割だ。私は日本のスポーツ発展のカギとなる存在だと思っているが、残念なことにその意味は十分に理解されていない。
 
そのことについて、皆さんと一緒に考えていきたいと思う。
私は主として野球について書いているので、まずは野球の「独立リーグ」について、そもそも論から書いていきたい。もちろん、他のスポーツにも言及していく。



 

まずは野球の歴史から

異説はあるが、野球はアメリカが起源だと言われる。19世紀前半に今のスタイルが固まった。
もとは、労働者の楽しみだったが、次第に野球興行をして生活をするチームも生まれてきた。
こうした野球チームは各地方を転戦したが、同じ相手で何度も試合をするようになり、リーグが生まれた。
このあたり、日本の野球とは大きく異なる性格を持っている。日本の野球は学生から広まり、甲子園などのトーナメント戦が人気を呼んだ。アメリカから野球を輸入した日本だが、両者のカラー、文化はくっきりと異なっていたのだ。
 
19世紀半ばにはさまざまなリーグが誕生したが、この中で最もレベルが高く、人気もあったナショナル・リーグが、「メジャーリーグ」を名乗る。
他のリーグ、チームはこの時から「マイナーリーグ」となった。
メジャーリーグには1901年には、アメリカン・リーグも加わって、2大リーグ制になる。以後も紆余曲折があったが、メジャーリーグはア・ナ2大リーグで一世紀以上続いてきた。
 
しかしメジャーリーグは1950年代まで、東海岸にしかなかったから、西海岸を中心にマイナーリーグも存続していた。
マイナーリーグの選手の中には、活躍してメジャーに引き抜かれる選手もいた。その反対にメジャーを引退してマイナーでプレーする選手もいた。
この時点では、メジャーリーグとマイナーリーグは別個の組織であり、地域によっては競合関係にあった。

マイナーリーグとメジャーリーグ

1920年代にセントルイス・カーディナルスのGM(ゼネラル・マネージャー)になった、ブランチ・リッキーは、いい選手を安く獲得するには、自前で育成するのが一番だと考えて、マイナーリーグをカーディナルスの傘下にすることにした。
カーディナルスは、自分たちで選手を獲得して、傘下のマイナーリーグに預ける。人件費や経費はカーディナルスが持って、育成させるのだ。
こうの仕組みを「ファームシステム」という。
これが大成功したので、他のメジャーリーグの球団もマイナーリーグの球団を傘下にして、ファームシステムを作った。
こういう形で、メジャーリーグの傘下にマイナーリーグが入り、巨大なピラミッドができることになったのだ。
ちなみに、ブランチ・リッキーは、のちに黒人のジャッキー・ロビンソンを初めてメジャーリーグ(ブルックリン・ドジャース)でプレーさせた人物としても知られる。ジャッキー・ロビンソンを描いた映画「42」では、ハリソン・フォードが演じていた。
 
このとき、メジャーリーグの傘下にならなかった球団もかなりあった。彼らは、以後もリーグ戦を行い、各地を転戦した。こういうメジャー傘下に入らなかった球団、リーグを「独立リーグ」と呼んだのだ。

独立リーグの新たな役割

独立リーグは第二次世界大戦後も存続したが、メジャーリーグが発展するとともに次第に衰えていった。
特に1958年にブルックリン・ドジャースとニューヨーク・ジャイアンツが、西海岸のロサンゼルスとサンフランシスコに移転すると、西海岸を中心に展開していた独立リーグは大打撃を受ける。
こういう形で独立リーグは衰退し、いったんは消滅した。
メジャーリーグ傘下のマイナーリーグは、実力に応じてAAA、AA、A、ルーキーなどのクラスに振り分けられた。その後も各クラスには、どこのメジャーリーグにも属さない独立系のチームが少数ながら残されたが、20世紀末には消滅した。
 
しかし21世紀に入ると、独立リーグが再び始まった。
これは、メジャーリーグが拡張(エクスパンション)を続け、選手の絶対数が足りなくなったことと関連がある。マイナーの組織だけでは選手が足りなくなり、これを補完する必要が出てきたのだ。
メジャーやマイナーを戦力外になった選手の中には、独立リーグでプレーをし、再びメジャーを目指す選手がたくさんいる。
メジャーリーグの各球団も、スカウトを派遣して、有望な選手がいないか、常にチェックをしている。
また、アメリカ国外からの選手もプレーするようになる。
こういう形で、独立リーグは新たな役割を果たすようになったのだ。

独立採算、育成、地域密着が目的の米独立リーグ

 
独立リーグには、明確な特色がある。
まず「独立採算」であること。
各チームは、独自に試合興行を行い、入場料収入や球場での物品の販売、スポンサー収入などをもとに運営されている。
小さなワゴン車で球場の乗り付け、車の後ろをあけてチケットカウンターを作る。グッズやホットドッグなども、車で持ってきてその場で販売する。チケットやホットドッグを売っているのがGMだったりする。
日本のプロ野球のように、親会社が球団の赤字の補てんをするような仕組みはない。
お金は全部自分たちで稼がなければならない。
だから独立リーグのチームはみんな、必死でファンサービスもするし、チケットも売りまくる。
日本の”ナックル姫”こと吉田えりは、ハワイの独立リーグであるパシフィック・アソシエーションのマウイ・イカイカでプレーをした。この時は「日本の女性ナックルボーラ来る」と大々的に宣伝をし、多くの観客を集めた。
常に話題性のあるニュースを提供して観客動員につなげようとしているのだ。

 

関西独立リーグ時代の吉田えり
 

また独立リーグは、ずっとプレーし続けられるような環境ではない。選手はメジャーリーグの傘下に引き抜かれるか、野球をあきらめて引退するか、他の独立リーグに移籍するかで、絶えず入れ替わっている。
独立リーグ自体は、メジャーに昇格することはないが、そこでプレーする選手は実力を蓄えてステップアップするのが目的である。いわば「育成」が目標なのだ。
 
独立リーグは本拠地球場のある街に根差し、「わが町のチーム」として愛されることを目的にしているが、ファンは選手たちが成長してステップアップするのを応援する。近い将来いなくなるのが確実な選手に声援をおくるのだ。生徒を送り出す親や教師の心境と言えばいいだろうか。
 
なお、メジャーリーグ傘下のマイナー球団の多くも、今もメジャーとは別個の経営者がいる独立した球団だ。独立採算でお客を集め、選手を育成してメジャーリーグにステップアップさせることを目標にしている。その点は独立リーグの球団と全く同じだ。
独立リーグと違うのは、選手やコーチの人件費を親球団であるメジャーリーグが負担しているという点だ。その点では経営はかなり楽だが、その代わり親球団からはいろいろな注文もされるという図式だ(一部にメジャー直営の球団もある)。
 
全米にはメジャー球団が2リーグ30チーム、マイナーが17リーグ215チーム、独立リーグが5リーグ40チームあるが、その大半が独立採算、育成、地域密着の「独立リーグの精神」で運営されているのだ。