「障がいを持つ子供に“遊び”の場を提供したい」日本車いすスポーツ協会を設立した坂口剛氏の思い(前編)

Spportunityコラム編集部

(出典:Sports Japan GATHER 2017年4月25日)

日本車いすスポーツ協会を設立した坂口剛さんに話を聞いた


一般社団法人日本車いすスポーツ協会」代表・坂口剛氏。生まれも育ちも福岡県である彼は今、縁もゆかりもなかった千葉県浦安市で、車いすスポーツの推進活動を行っている。きっかけは、長男・竜太郎くんが交通事故に遇い、車いす生活となったことにあった。坂口氏はなぜ、福岡から遠い浦安へと行くこととなったのか。そして、なぜ自らの手で活動を始めようと思ったのか。そこには、知られざる日本の「事情」があった。

取材・文/斎藤寿子

小学校探しに奮闘した結果、辿り着いた浦安市



11年前、坂口氏の長男である竜太郎くんは、交通事故に遇い、胸から下が麻痺する「胸椎損傷」という障がいを負った。それから間もなく、坂口家は身寄りもない関東地方へと向かうこととなった。その理由を、坂口氏はこう語る。

「自分たちが住んでいるところは小さな町で、障がい者に対して、まだまだ理解が進んでいませんでした。今思えば、自分自身も子どもが障がいを負うまでは同じだったと思うんですけどね。ただ、当時は住みにくさを感じてしまい、関東に引っ越すことにしたんです」

最初の引っ越し先は、神奈川県厚木市。福岡ほどの「住みにくさ」は感じなかったものの、大きな問題が一つあった。それは、周辺の市町村では車いすユーザーの竜太郎くんを受け入れてくれる小学校を見つけることができなかったことだった。車いすユーザーの子どもは、特別支援学校に行くことが当然とされていることに、坂口氏は納得できなかった。

そこで、東京都にも問い合わせをしてみると、いくつかの区で受け入れている小学校があった。しかし、人も車も多い大都会を、小学1年生が車いすに乗ってひとりで学校に通うことは、困難とされる場所がほとんどだった。

今度は千葉県で探してみると、快く迎え入れてくれたのが、千葉市美浜区と浦安市だったという。坂口氏は、住居の事も考慮し、浦安市を選んだ。こうした両親の奮闘なくして、竜太郎くんは「当たり前の」小学校生活を手に入れることはできなかった。これが、日本の教育事情の一面でもある。

 

「ないなら自分で作るしかない」で始まったクラブ活動

「体を動かす場」を提供したいという思いから始まった浦安ジュニア車いすテニスクラブ。障がいの有無に関わらず、多くの子どもたちが参加している


竜太郎くんには小学校に入る直前、まだ神奈川県に住んでいた時に「やりたい」と強く思ったスポーツがあった、それは『車いすテニス』。ちょうどその年、2008北京パラリンピックが行われ、国枝慎吾選手が初めて金メダルに輝いた。その姿に、6歳の竜太郎くんは憧れを抱いたのだ。

「僕もやりたい」

そんな息子の望みをかなえさせてあげたいと、坂口氏は奔走した。しかし、受け入れてくれたのは、国枝選手をはじめ、多くのパラリンピック選手を輩出している吉田記念テニス研修センター(TTC)のみ。他は「今までに誰もいないから」と断られ続けた。そこで当初はTTCに通っていたものの、住まいがある浦安からTTCのある柏までは、車で片道2時間を要する。そのため週に一度、土曜日のみで精一杯。最後は、もう自分たちで作る以外、方法はなかったという。

「義務教育の現場でさえ、障がいのある子どもを受け入れる体制が整っていない中、スポーツをさせてほしいなんてことは、到底無理ですよね」

そこで2009年に作られたのが『浦安ジュニア車いすテニスクラブ』。はじめは、名前さえなかったという、このクラブ。竜太郎くんと弟の颯之介くん、そして偶然出会った車いすに乗っていた女の子、3人に「体を動かす場」を提供することが目的として始まった。

「最初は、本格的にテニスをしようなんて思っていなかったんです。ただ、竜太郎も女の子も『テニスをしたい』といっていたので、だったらテニスコートで遊ぼう、と。テニスというよりも、ボールを追いかけたり打ったりして遊んでいただけでした」

ありがたかったのは、浦安市の対応。同市では、小学校と同じように、スポーツ施設においても、障がいがあることで「拒否」されることはこれまで一度もなかった。そのため、市営であればどのコートでも自由に使用することができた。

「私たちが今あるのは、浦安市のおかげだと思っています」

その後、車いすテニスの大会への参加をきっかけに『浦安ジュニア車いすテニスクラブ』としたこの活動の原点は、あくまでも「スポーツを楽しむこと」にあるという。

「私としては、子どもたちにはまずスポーツを楽しんでほしいんです。だから競技というよりも、遊びでいいと思っています。ただ、そのうえでさらに高みを目指したいと思った時には、競技として頑張る子がいてもいい。いずれにしても、子どもたちが好きなかたちで、スポーツができる環境を用意してあげたい、ただそれだけなんです」(前編終わり)

※データは2017年4月25日時点

記事提供:アスリートのための、応援メディア Sport Japan GATHER
https://sjgather.com/

(記事元:https://sjgather.com/magazine/201704241700/