元アスリートが語る スポーツの仕事「やる」から「つくる」へ‐Vol.5‐ 元プロ野球選手藤田太陽さん~後編~

Spportunityコラム編集部

(出典:Sports Japan GATHER「元アスリートが語る スポーツの仕事「やる」から「つくる」へ- Vol.5 -元プロ野球選手藤田太陽さん~後編~」2015年9月10日)

藤田太陽(ふじた・たいよう)さん/35歳
プロ野球選手→焼肉店アルバイト→コンサルティング会社勤務(CIFA株式会社)


 

物はなくなるし壊れるけど、思い出はなくならない

全力の球を見せることでプロの凄さを子供たち肌で感じてもらいたいと思う藤田さん。トレーニングも欠かさない

そんな日々の中で、充実した時間を過ごせたのが、県のスポーツ振興課や市長に直談判して、自分で運営を取り仕切った手作りの野球教室。週末を利用して回った先は、秋田、岩手、千葉、長野、三重、大阪、兵庫…。そこには藤田さんの決めごとがあった。

「僕は、わざと地方にばっかり行くんですよ。なぜか?それはプロ野球選手が身近にいない場所だからです。自分が秋田出身で、子供のころにプロ野球選手がどんなに凄いかが知りたかった。だから、相手が小学生でも僕は全力投球するんです。70人の子供と真剣勝負。まず、球の音にビックリして尻餅つく子が一杯いますよ。それでも帰って『今日、すごかったんだよ!』とか『でもその球を打ったんだ!』ってお父さんやお母さんに報告する、そういう思い出が成長につながると思うんです。もらったプロ野球選手のサインはどっかに行っちゃうけど、思い出は自分だけのもの。絶対になくならないじゃないですか」

東京では、夜通し地下の焼肉屋でアルバイトをしながら、週末は地方に出かけて、空の下で子供たちと野球教室で汗をかく。その2つの場所を行き来するうちに“いったい、自分は何をやってるんだろう。Barが自分の人生のゴールでいいんだろうか”という納まりのつかない気持ちが、大きくなっていった。

 “投げれるうちは、お店を開く夢は忘れる”
そう決めて、1年間続けたアルバイトを辞めた。
 

野球は中途半端に終った、だから今度は行き切ってやる

お客さんに自社の製品を説明する藤田さん。様々な経験を積んできたことが、今の仕事に活かされている

再出発後、最初に始めたのはマネージメント会社を探すこと。野球教室や講演、解説、テレビ出演の仕事をきちんとコントロールしてもらえる人が欲しかった。

最初の所属先とは折り合いが悪く、2カ月で契約を解消。その後に出会ったのが、現在所属している「CIFA(シーファ)株式会社」。コンサルティングや特許を扱う企業の新規事業部門として、新しく動き出したばかりの、まだ小さな会社。今の藤田さんの1日の過ごし方を聞いた。

「朝5時に起きてから自宅を出て、最初に向かうのは24時間利用できるスポーツジムです。毎朝6時から9時30分まではトレーニングをするって決めてるんですけど、これがすごく大事な時間。身体を動かしながら、その日にやる仕事の内容を全部組み立てていくと、それだけで、人より一歩進んでる気がするんです」

これだけのハードワークを自分に課している理由のひとつは、今も続けている野球教室で、子供たちにプロの球を見せるため。「表向きは、Tシャツが似合う身体づくりのためっていってますけどね」と、藤田さんは笑う。

「トレーニングの後、仕事は10時からスタート。自分個人に来た仕事の無い日は、ミーティングが3件ぐらい。その合間にパソコンで資料を作ったりしてると、だいたい18時過ぎになって、今度は誰かと会って食事をしながら打ち合わせ。ほぼ毎日、いろんな人と終電近くまで話をしています。『野球選手って意外とちゃんとしてるんですね』って、よくいわれますよ(笑)」

藤田さん自身にオファーがくる野球関係、タレントとしての仕事の他に、社員として会社の事業にも取り組んでいるが、今、最も力を注いでいるのが、サプリメントの開発。
「orideli(オリデリ)」というブランドを立ち上げ、健康食品として注目を浴びている有機ココナッツオイルの輸入販売をスタートさせた。

「野球を辞めて、まさか、ココナッツオイルを売ることになるなんて、この会社に入るまで考えてもなかったですよ。でも、このブランドを大きくしていって、いつか子供たちの身体を丈夫にするサプリメントも手がけてみたいかな。僕なんか、おやつにサンマの骨を焼いて食べて大きくなったみたいなもんですから(笑)」

選手時代は、知らない人と話すのが大嫌いだったという藤田さん。だが、今は様々な立場、様々な業界の人に会って話すことが、毎日の仕事になった。そこで会話をする時、アイデアや意見を求められる時、心がけていることがある。

それは―
『上限を決めずに発想すること。自分の知らない世界を知ること』

「正直、僕はケガが多くて野球で成功できなかったから、辞めた後は絶対に負けたくないんですよ。今、何億っていうお金をもらってる選手にも負けたくない。だから、5年以内に必ず何か大きな形を作り上げてみせる。そのために今、動いてるんです」


(プロフィール)
藤田太陽(ふじた・たいよう) / 1979年11月1日生まれ、秋田県秋田市出身</br>
プロ野球の投手として2000年ドラフト1位で阪神タイガースに入団。その後09年に西武、12年にヤクルトへ移籍。13年12月に現役引退。東京・西麻布の焼肉店でのホールスタッフを経て、現在はCIFA(シーファ)株式会社に勤務。藤田太陽オフィシャルHP: http://fujitataiyo.com/

※データは2015年9月10日時点

記事提供:アスリートのための、応援メディア Sport Japan GATHER
https://sjgather.com/

(記事元: https://sjgather.com/magazine/201509101200/)