元アスリートが語る スポーツの仕事「やる」から「つくる」へ Vol.5–元プロ野球選手藤田太陽さん~前編~

Spportunityコラム編集部

「ただいま奮闘中!」



~5回目~
藤田太陽(ふじた・たいよう)さん/35歳
プロ野球選手→焼肉店アルバイト→コンサルティング会社勤務(CIFA株式会社)

(出典:Sports Japan GATHER「元アスリートが語る スポーツの仕事「やる」から「つくる」へ- Vol.5 -元プロ野球選手藤田太陽さん~前編~」2015年9月10日)
 

34歳、人生初めてのアルバイト生活


「最初はスポーツBarをやりたかったんです。それは現役引退したスポーツ選手がみんな一度は考える道なんですよ、たぶん」

2年前、12年間のプロ野球人生の幕を閉じた藤田太陽さんが描いた引退後のビジョンは“スポーツBar”。しかし、スタッフに払う給料はいくら?仕入れ先の酒屋は?ツマミの作り方は?店の家賃は? 何もかも、知らないことだらけだ。とにかく勉強しなきゃと、実際にお店で働くことを決めた。

「どうせやるなら高級店がいいと思って、西麻布の有名な焼肉店にアルバイトで入ったんです。まずはコップ洗いからのスタートでしたね」

現役時代の藤田太陽さん

知り合いのトレーナーに紹介してもらった焼肉屋で、人生初めてのアルバイト。まず変えなくてはいけなかったのが、自身の金銭感覚だった。

「分かりやすくいうと、収入は10分の1以下になる訳だから苦労しましたよ。タクシーはやめて、移動は全部電車。でもやっぱり金銭感覚が追いついてないから、2~3カ月は、いつの間にかカードの支払いが100万円ぐらいということもあってビックリしました。“これはダメだ”と思って、財布には3万円だけ入れて、買い物は現金のみ。お酒呑むのも、恵比寿横町で安く上げるという感じです(笑)」

お店の勤務は、夕方4時から朝5時まで、昼は帰って寝るだけの生活が続いた。

-毎日、毎日、同じことのくり返し-
“夢のためだ”と思っても、気持ちが重くなっていくのを止めることはできなかった。

「『ああ。野球選手辞めたら、バイトしなきゃ食っていけないんだ』っていう人もいました。それでもニコニコして耐えることも覚えたし、変なプライドを持ってても飯は食えないっていうのもわかって。150キロの球を投げられても社会に出たら意味ないですからね。今になってようやく、勉強させてもらったっていえるけど、当時は“仕事行きたくないな”と思いながら、よく山手線に乗ってぐるぐる、同じところを回ってましたよ」(前編終わり)

※データは2015年9月10日時点

記事提供:アスリートのための、応援メディア Sport Japan GATHER
https://sjgather.com/

(記事元: https://sjgather.com/magazine/201509041200/)