野球を通して何を学ぶ? 国内外に軟式野球を広める大学軟式JAPANの取り組み

山本祐香

“日本生まれのスポーツ”といえば、何を思い浮かべますか。 

 

柔道、剣道、競輪、駅伝など、日本ではたくさんのスポーツが誕生していますが、「軟式野球」もそのひとつです。手軽に安全な野球ができるように、とゴム製の軟式野球ボールが作られ市販されたのが1919年(大正8年)。その思い通りにこの100年、小さな子供から高齢者までたくさんの人が軟式野球ボールと触れ合ってきたのではないでしょうか。 

 

老若男女が気軽に楽しむことができる軟式野球も、部活、クラブチーム、企業チームなどになると高いレベルの戦いを見ることができます。さらに、大学軟式野球の組織である全日本大学軟式野球連盟では1995年より「全日本大学野球軟式野球連盟 国際親善大会 全日本代表チーム」(通称:大学軟式JAPAN)を結成し、軟式野球を海外にも普及させる活動や海外のチームとの親善試合などを行っています。 
 


今年も、6月に行われた選考会で選抜されたメンバーが12月4~10日でグアムを訪れ、親善試合と野球教室を行いました。日の丸を背負う選手たちがどんな状況下で活動しているのか、何を学び何を伝えていくのか。大学軟式JAPANの監督、選手にお話を聞きました。 

 

 

学生の主体性と大学軟式野球を通して学ぶべきこと 

 

現在、大学軟式JAPANの監督は、東北福祉大学軟式野球部コーチの小野昌彦氏が務めています。学生時代は硬式野球をやっていた小野監督、軟式野球の環境と指導についてこう話します。 

 

「僕たちは軟式野球というスポーツを使って“大学4年間で社会に通じる人間作りをしよう”ということでやっています」 

 

全日本大学軟式野球連盟には253大学が加盟していますが、大人のコーチ、監督がいないチームも多くあり、学生主体で活動しなければならないところがひとつの特徴です。逆に言えば、そのような環境だからこそ他のスポーツでは大人がやってくれることを自ら考え、行動して学ぶことができるという“社会に通じる人間作り”にはうってつけの場でもあるのです。 

 

「基本的には学生主体で、好きにやりなさいと言っています。ちょっと違う方向に行ったら答えを言うのではなく一言二言助け舟を出してあげて、本当に困ったときには僕たち連盟の大人が壁になれば良いと思っています。大学軟式JAPANでもここ数年、学生が積極的に動いて協賛などもとりに行ってくれています。こういうご時世なのでなかなか協賛も難しいですが、その中で学生たちが自分の足で動いてやるだけやって、ここまでいったんですけどこの先やってください、と言われれば僕らができることは手助けします。せっかく大学で軟式野球をやるんだったらそういうことも勉強できるんだよ、ということをやっていきたいのです」 

 

学生のうちからそのような経験をしていれば、社会に出たときには即戦力となるに違いありません。 

 

「学生が社会に通じる人間になるように、ひとつ、ふたつと段を登って行って、社会に出たときには3段目から会社の方々に教えていただけるような人材を作りたいですね。親御さんもそいうつもりで安くもない授業料を払って大学に行かせていると思いますしね」 

 

本来の大学の役割とはなんなのか、部活動で競技そのもの以外で学ぶべきものはなんなのか、全日本大学軟式野球連盟ではその方向性をきちんと明確にして動いていることがわかりました。 
 

小野昌彦監督


大学軟式JAPANの目指すものは 

 

大学軟式JAPANのメンバーは自己推薦で集まった学生の中から選ばれます。なぜ自己推薦なのか、それは遠征費が自己負担となってしまうからです。どんなに実力があっても、約27万円のグアムへの遠征費が準備できなければ応募すらできません。そのハードルを越えて応募してくるのはどんな学生なのでしょうか。小野監督は言います。 

 

「野球の意識よりも、人としていろいろな経験をしたい、という学生が多いですね。軟式野球だからこそJAPANに挑戦できる機会がある、自分は下手かもしれないけど挑戦したい、という学生もいます。僕らも野球が上手いだけでは選んでいません。やる気も協調性も必要です」 

 

以前の選考では実技の他に面接もやっていたと言いますが、小野監督は野球をしているときの自然な会話の中から選手の人となりを見たいということで、ノックを他の人に頼み、各ポジションに歩いて回って話をするのです。そうして100人以上の応募の中から選ばれた選手23人とマネージャー1人が日の丸をつけることとなりました。 

 

では、そんな大学軟式JAPANはどんな役割を担っているのでしょうか。 

 

「今、外で遊ぶ子供たちが減っているので、昔のように外に出て楽しく遊ぶ、協調性を持って仲間を作って野球をやる、という古き良き時代をもう一度復活させなきゃいけないなというのがあります。僕らも頼まれて野球教室に行くんですけど、僕はあまり野球教室という言葉は好きじゃなくて、『おじちゃん、おにいちゃんたちと遊ぼう』という感覚で入っていきたいと。小学生、中学生は技術なんかどうでもいいと思っているんですよ。技術は高校からでいいと思っているので、小学生のときは楽しく仲間と遊ぶ、外で楽しく走り回る、というのを復活させたいんです。学生たちにそれを話したらやりたいと言ってくれたので、今グアムにも行っているんです」 

 

海外の子供たちに軟式野球ボールと触れ合う楽しさを教えに行っている大学軟式JAPAN、その評判は上々のようです。 

 

「グアムで行われる親善試合の前日に日本人学校に行くんです。一緒にボール遊びするような形で、去年までは授業1時間分だったんですけど、今年は2時間分やらせてほしいと依頼がありました。日本人学校といっても3分の1は現地の子供なんですが、現地の人が古き良き時代の日本の教育を子供に受けさせたいそうで。プロ野球選手も自主トレでグアムに来るので依頼をすると単発では来てくれるけど、継続的に来てくれるのは大学軟式JAPANだけだとお褒めの言葉もいただいたんです。当たり前のことをやっているつもりなんですけどね。学生たちには申し訳ないけど、試合よりそっちの方が大事だと思っています」 

 

大学軟式JAPANにとって日の丸をつける意味とは、ただ軟式野球の選手として頂点を極めるだけではなく“野球を楽しむ子供たちを増やす”という野球界の未来を明るくする大切な役割にあるのです。 
 



日の丸をつけることへの思い、誇り 

 

今年の大学軟式JAPANのキャプテンに選ばれたのは小島翔太内野手(日体大3年)でした。小島選手は強豪、作新学院高校で硬式野球をやっていました。故障に悩まされながらも3年春からはベンチ入りと実力のある選手です。大学ではセカンド、サードを守ることが多く、守備には定評があります。 
 


硬式から軟式に転向した選手はボールの違いに苦労するとよく言われますが、小島選手の場合1年生からレギュラーだったもののエラーも多く、2年生のときにはレギュラーでなくなった時期もありました。 

 

「最初はバウンドが合いませんでした。投げ方も違って、硬式は全身で投げるイメージでステップもしっかり踏まないとダメですが、軟式は先輩からいろいろな角度からボールを投げられるといいよと教えてもらって、ステップも使うんですけど楽に腕の振りを出すというか、スナップを利かせるスローイングをするようになりました」 

 

バッティングも好きで外野の頭を越えるというよりは間を抜く感じの中距離バッターだと話し、足は速くなくても強豪高校で学んだベースランニングは今でも役に立っているといいます。静かに穏やかに話す姿とは対照的にグラウンドに出ると元気に走り回る小島選手、大学軟式JAPANに選抜され、選考会での雰囲気や立ち回りを見て監督、コーチからキャプテンに抜擢されたことで得たものはなんでしょうか。 

 

「今までは自分が結果を残せばいいやとか自由奔放に野球をやっていましたが、大学軟式JAPANに選ばれ、ましてやキャプテンとなると、自分の結果が悪くてもチームをまとめて勝たせなきゃいけないという使命があります。自チームでのリーグ戦のときでも、自分がキャプテンだったらどう動くかを常に考えています。今までは自分のことを考えていて静かになっちゃうこともありましたが、声を出したりなどチームを少しでも良くするように、そういう新しい目線で野球をやるようになりました」 

 

グアムに旅立つ前の12月2日に行われた、大学軟式JAPANとクーニンズの壮行試合でも個性の強い選手たちをまとめるために奮闘していた小島選手、監督からももっと選手たちとコミュニケーションをとるようにとアドバイスを受けていました。短い期間でチームをまとめ、強くすることにチャレンジした小島選手はまた一回り大きくなったのではないでしょうか。 
 

守備に定評がある小島選手


 

慶応義塾大学からはふたりの選手が大学軟式JAPANに選ばれました。大型ショートで自チームでは4番を任されている3年生の大和久大志内野手と、強肩とホームランを量産する長打力が光る2年生の中村健人捕手です。 


左)中村選手 右)大和久選手


12月2日のクーニンズとの壮行試合では、両チーム無得点のまま迎えた8回に中村選手が決勝打を打ち、大和久選手も指名打者で出場、ベンチでは誰よりも声を出してチームを盛り上げていました。そんなふたりは、なぜ大学軟式JAPAN入りを目指したのでしょうか。 

 

中村選手は「単純に高いレベルの選手が集まるならそこで刺激を受けたい、野球に関わる経験の中で自分の人生に活かせるものだと思いました。あと、先輩がJAPANメンバーだったのを見て格好いいなと思いました」と話します。そして、大和久選手が続けました。「今言っていましたが、挑戦した先輩方がいて。その先輩からいろいろ話をしていただいて、選考会に行くだけでも意味があるし、そこでいろいろ刺激がもらえるからと言われました。もちろんJAPANメンバーになりたかったですが、まずは選考会に行って刺激を受けて次の年に勝負と考えていました。そこで先輩の助言などもあって自分なりに勝負できるところが見つけられたので、選んでもらえたのだと思います」 
 

大和久選手
 

ひとつひとつの質問に対しクールに答える中村選手と、丁寧にわかりやすく説明してくれる大和久選手の、対照的ながらも合間に見せる仲の良い様子がとても興味深く映ります。長野で行われた全日本選手権大会期間の野球教室で小学生に野球を教えた話では、「僕が子供に教えるのは初だったのですが、単純に子供たちの反応が素直で」と言う中村選手に、大和久選手が「いつもはクールで厳しいキャッチャーなのに、めっちゃ笑顔で楽しいって言っていて(笑)」と言って笑います。 

 

そして、先ほどまで短い返答が多かった中村選手が、自分から口を開き思いを語ってくれました。「新鮮ではありましたね。だから軟式野球の良さは“生涯スポーツ”にある、子供からおじさんになるまで触れられる、そういうところがいい点かなと思うのでもう少し子供たちに触れる機会があったらいいのかな、と思いました」 

 

子供たちに教えたことで「意外と伝わりづらい。感覚を言語化するのが難しかった」という発見もあったそうです。大学軟式JAPANの活動において、子供たちはお兄ちゃんたちに新しい遊びを教わることができ、お兄ちゃんたちは子供たちのおかげで新しい発見がある。もちろん野球が上手だからこそ日の丸を背負うことができたわけですが、その先には日の丸を背負ったからこそわかる世界があります。 
 

中村選手

 

そんな世界をたくさんの学生に味わってもらいたい、そしてたくさんの人に軟式野球を知ってもらいたいと、大学軟式JAPANのOBが中心となりクラウドファンディングを立ち上げました。集まった資金は選手たちが自己負担をしている遠征費などに充てられます。 

 

「27万、サラリーマンの1ヵ月分の給料ですよ。僕たちが土台を作って、学生たちが出すお金が少なくてもできる経験をさせていけたらなと思います」と小野監督も言っている通り、遠征費、活動費の負担が軽減されれば、今よりも可能性が大きく広がります。 

 

もっとたくさんの人が野球を楽しむ未来を作るために活動を続ける大学軟式JAPAN、ぜひ注目してください。


▼大学軟式野球JAPANを応援するプロジェクトはこちら
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山本祐香
好きな時に好きなだけ神宮球場で野球観戦ができる環境に身を置きたいとふと思い、OLを辞め北海道から上京。「三度の飯より野球が大好き」というキャッチフレーズと共にタレント活動をしながら、プロ野球・アマチュア野球を年間120試合以上観戦し観戦記録をつける日々。最近の楽しみは、大学野球で逸材を見つける“仮想スカウティング”。面白いのに日の当たりづらいリーグを太陽の下に引っ張り出すべく、世の中に向けて発信をしていく。