日体大のドラフト候補、東妻勇輔と松本航、その人物像に迫る

山本祐香

今年もプロ野球ドラフト会議が目前に迫ってきた。
 
ドラフト上位候補として注目されてきた日体大の2枚看板、東妻勇輔投手と松本航投手。正反対のタイプであるふたりは、どのようなことを考え、どのような野球人生を送ってきたのか。ドラフト会議直前の今、その一部を公開したい。
 
 

東妻勇輔(あづまゆうすけ)投手 170cm/76kg 右投/右打 智辯和歌山→日体大

 
まっすぐな人。

東妻勇輔を表すなら、シンプルなこの一言で十分だろう。質問を投げかければ、自身の投球スタイルのように、清々しいまっすぐな言葉を紡いでいく。悔しい気持ち、苦しい気持ちでさえも素直に。そして、それに囚われることなく前へ進む術も知っている。まっすぐ、ただ前へ。
 
「上出来です。春は、悪い成績ではなかったけど納得できていませんでしたが、秋はまっすぐが速かったですし、変化球もストライク入ったので」
 
大学生活最後の試合が終わった直後、東妻勇輔投手はこう言った。チームは3位という結果だったが、8試合(内、先発2試合)登板し、防御率0.78。2勝を挙げ、自己最速を2キロ更新する155キロを叩き出したこの秋、東妻投手は存分に持ち味を発揮した。豪速球と鋭く曲がる変化球で投げるたびにスタンドを沸かせる、魅せる野球。





「本当の野球通からしたら、あんなコントロール悪いの、と思うかもしれないですけど、僕みたいなタイプって見ていて楽しいとは思うんですよね。自分でやっていても楽しいですし、それを見て楽しんでくれれば嬉しいことだらけなので」
 
首都大学野球秋季リーグ戦を前に話を聞いたときも、登板するたびにスタンドで、SNSで、話題になる自身の投球についてこう語った。
 
そして「負けん気が強いんですよ」と笑いながら「神宮大会決勝のときも『優勝投手は譲らねえ、おまえらブルペン行くな』とずっと言っていました。指先にめちゃくちゃでかい血豆ができていて、一打席目に打ったヒットもつまったので手がしびれていたんですよ。でも譲りたくないから一生懸命投げました。意地でした(笑)」と、続けた。
 
負けん気が強いからといって優勝投手になるのは簡単なことではないが、強打の星槎道都大を相手に2安打完封という完璧な投球を見せ、東妻投手は本当にマウンドで日本一の瞬間を迎えた。ヒーローインタビューでは、日体大の2枚看板として共に注目されてきた松本航投手への思いを涙ながらに語ったが、たったひとりしかつかめない優勝投手の座は譲らなかった。
 

そんな松本投手に対しては「敵チームに勝つより自チームのアイツに勝ちたい!」と常々口にするほど、ライバル心を持っていた。そして、そのライバルに勝てない悔しさも恥ずかしがることなく素直に口にしていた。
 
“理論派”“努力型”“天才肌”なら自分自身はどのタイプだと思うか、という質問をしたときに、東妻投手は「僕は天才肌だと思っています。肩が強くて、投げたら最初から球が速かったんですよ。バッティングも一発でホームランを打てましたし。だから、天才だなと思っていました(笑)でもやっぱり、天才って思いつつも、自分で言うのもなんなんですけどすごく努力はしてきたかなと思います」と答えた。
 
そこで、天才が努力をしたら敵はいないのではないか、と言うと「僕、日体大にきて心をへし折られたんですよね。高校のときはピッチャーでエースになれたんですけど、ここに来たらまず松本という存在がいたので。ここまで勝てないか、と。今までなかったんですよ。何かすればこいつには勝てる、というのがあったのに、これだけやって勝てないかと思ったのは松本が初めてでした」と、苦笑いをする。
 
「本当にショックでした。最近までは僕の方が球が速かったんですけど(当時、自己最速153キロ)、アイツ日本代表選考合宿で154キロ投げましたし、そのとき僕150は1球くらいしか出ませんでしたし、代表も僕は落ちたのにアイツは選ばれましたし……。大学に入って全てにおいて先を越されていて、ひとつも勝てないので毎回悔しい思いをしています」
 
そんな松本投手への思いも含めた、大学野球最後のシーズンの目標を聞くと「“ノーヒットノーラン”“防御率0点台”“1シーズン5勝”を入学当初からの目標としていたのですが、2つはもう達成しているので残りの“1シーズン5勝”を達成します。アイツは4勝はするでしょうから僕が5勝したらリーグ優勝もできて、僕もアイツに勝てます(笑)。死ぬ気で頑張ります!」といたずらっぽく笑いながら答えた。
 




そして、リーグ戦が終わり、冒頭の一言。東妻投手は「上出来」だった。しかし、目標としていた“1シーズン5勝”は達成できなかった。5勝を挙げるためには先発登板が近道だったが、チームが勝つために中継ぎ登板が多かったためだ。代わりに“1シーズン5勝”を達成したのは、松本投手だった。
 
その5勝目は、同時に松本投手のリーグ通算30勝目にもなった。東海大OBの菅野智之投手(巨人)以来リーグ史上9人目の30勝到達。この30勝は、チームで積み上げた勝利でもあり、松本投手が野球に真摯に向き合ってきた証でもある。でも、だ。でも、東妻投手はまたしても自身の目標をライバルに達成された形になってしまったわけだ。

 
おそるおそる、東妻投手に目標に対しての思いを問う。
 
「チーム事情で中継ぎが多かったので、切り換えました。航の30勝が僕の目標でもありました。4年間一緒にやってきたので、最後に花を持たせてやりたかった。達成できて良かったです」
 
いつも通り、まっすぐと言葉を紡いでいった。あまりにも清々しい言葉だった。
 

そういえば以前、なかなか勝てない松本投手を嫌いになってしまうことはないか、と聞いたことがあった。
 
「それはないですね(笑)。人間的にとてもできたヤツでしっかりしているから、アイツの言うことならみんな納得できるんですよね。野球では勝てなくて悔しいと思ったりもしますが、普段はいいヤツだし仲もいいですよ」
 
最大のライバルで、最高の仲間。「航の30勝が僕の目標でもありました」という言葉は、素直な気持ちだったのだろう。そして、自身の目標の達成は難しいかもしれない、という状況の中でもモチベーションを保ち続けられる心の強さは、東妻投手の持ち味のひとつだろう。

 
「階段を上っていくような4年間でした。現役で残った4年生の人数はかなり少ないけど、学生コーチも含めて意識の高い仲間でした。一番印象深かったのは、3年春の東海大戦で2試合20イニング無失点(1回戦と3回戦に先発、延長を含め19回2/3を無失点)だったことですね。自分の中で自信になった試合でした。大学野球が終わったばかりで、まだドラフトの実感はないですけど、楽しみではあります」


 

目立ちたがりで負けず嫌い、長男なのに甘え上手、魅せる投球でスタンドを沸かす。その性格は“プロ向き”と言われ続けてきた東妻投手が、いよいよその日を迎える。プロ野球界には松本投手以上の強者が数多く存在することであろう。しかし、東妻投手ならきっとまっすぐ立ち向かっていくに違いない。
 
3年春の最優秀投手、3年秋の最高殊勲選手、ノーヒットノーラン達成、通算防御率1点台、自己最速155キロ、そして神宮大会決勝での完封劇。充分すぎるほどの実績を引っさげて、今、東妻勇輔がプロの扉を開ける。
 
 

松本航(まつもとわたる)投手 176cm/83kg 右投/右打 明石商→日体大

 冷静沈着。
 
感情を大きく表現したところを見たことがない。8月下旬のその日も、ときどき長いまつげを揺らして瞬きをしながら、淡々と質問に答えていた。2枚看板と言われる東妻勇輔投手を“動”と表すならば、松本航投手は“静”に違いなかった。

神宮大会で日本一になったときでさえも、テンションが大きく上がることはなかったという。どんな子供時代を過ごしたら、そんな青年になるのだろう。
 
「全然変な遊びとかしなかった。中学校のときとか、お調子者っているじゃないですか。そういう人と一緒にいたとしても、怒られるのが基本好きじゃないので変なことに巻き込まれないように、ちょっと一線越えたなと思ったら引きます」
 
小さな頃から常に冷静で賢かったようだが、このエピソードだけを聞くと、友達から“裏切者”と思われそうなものだ。しかし「それはないです。キャラがキャラだから」と少し笑みを見せる。
 
そのキャラとは、よくありがちな“憎めないキャラ”ではなく、松本投手が日々の生活の中で得た“信頼”によって作り上げたものだった。


 

松本投手は、明石商業高校時代にエースとしてチームを兵庫大会ベスト8へと導き、日本体育大学へ入学後は1年春からリーグ戦に登板。2年春には6勝を挙げ最高殊勲選手に。3年夏に大学日本代表に選ばれ、日米大学野球とユニバーシアードに出場、その秋の神宮大会準決勝の東洋大戦では4安打完封、とここまで書いただけでもエリート街道を突っ走ってきたことがよくわかるが、これだけでは終わらない。
 
4年夏、再び大学日本代表に選ばれた松本投手は、日米大学野球とハーレム大会の両大会で最優秀投手賞に輝き、秋のリーグ戦では5勝を挙げ、東海大OBの菅野智之投手(巨人)以来、リーグ史上9人目となるリーグ通算30勝を達成した。
 
これほどの実績を“簡単に”積み上げてきたように見えてしまう、それが松本航だ。

 
松本投手を4年間指導してきた辻孟彦コーチはこう言う。「松本の魅力のひとつはケガをしないことです。ただ体が強いということではなく、ケガをしないように工夫できて、それに毎日時間をかけられる選手だということです。体と向き合って、走ったり、いろいろ調整したりと、自分ひとりで調整することができる。僕もプロ(元・中日)でいろいろな選手を見ましたが、長く活躍できる選手はそういう人が多いです。松本は先発としてローテーショーンを守っていけます」
 
自分の体と向き合いながら、毎日、コツコツと。
 

松本投手はスポーツ一家で育った。父は野球、母はバスケットとママさんバレー、2つ上の姉がバスケット、6つ下の妹がバレー、そして松本投手が野球。子供たちは、全員がスポーツ推薦で進学できるまでの選手になった。
 
そんな環境で育った松本投手が小さな頃から強制的に母にやらされていたのが、ストレッチだ。最初は苦痛だったストレッチも、毎日やるうちに歯磨きのように習慣づいて、いつのまにかやらないといられない体になっていた。さらに、フォークの握りを試していたときに、指の関節を自在にはずせることに気づいた。指と指の間が大きく開くだけでなく、指の根元から折りたたみ手のひらにぴったりつけることができるため、「片手で拍手ができるんです」と手を揺らして指と手のひらでパチパチと音を鳴らして見せてくれた。
 
指だけではなく肩や足なども驚くような方向への動きを見せ、元々持った驚異の柔軟性に加えて日々のストレッチを行うことで、ケガをしない体の土台をしっかりと作ってきたのだった。
 
そして、もうひとつ母から教わった大切なことがある。「他人がどうでも、自分のやることをしっかりやっておけば結果はついてくる」「相手の嫌がることをしないのは基本」、母が常々言っていたことだ。
 
その母の教えを守って、自分が取り組むべきことにはきちんと取り組み、結果も残すことで周りを納得させてきた。たとえちょっとくらいずる賢い行動をとっても“裏切者”と思われないキャラ、というのは、松本投手の誰も文句のつけようがない努力から生まれたものだった。


 

では、そんな松本投手には、練習をやりたくないと思う瞬間はないのだろうか。
 
「今日はやる気にならないな、というときはありますよ。そういうときはうまいことさぼっています。やりたくないときにやっても練習にならないじゃないですか。自分の身にならないので。雑にやって変な形で覚えちゃっても嫌なんで、うまいこと正論を言ってさぼります(笑)。そういのも大事かなって思います」
 
辻コーチも「みんなには、やる気が50%や70%のときは無理にやらないように言っています。やる気が100%のときに集中してやる方が身になるので」と言っていたが、このメリハリが効率の良い成長につながっているのだろう。
 

大学通算25勝で迎えた最後のシーズン、松本投手は万全の状態には見えなかった。初戦、9奪三振で1失点完投勝利。この結果を見て万全に見えないとはなにごとだ、と思うかもしれないが、夏に国際試合で最優秀投手となったあのときの直球の伸びと強さが、ほんの少し影をひそめたかに思えた。
 
それでもリーグ戦の終盤を迎えたころには、調子を取り戻していた。「原点に帰り、投球動作の確認など、1年生のときにやっていた基礎トレーニングに取り組みました。かかと重心で開き気味だったので、それを修正しました」
 
そして、最終戦で手にしたリーグ通算30勝目。スタンドからは“わたるコール”が響いた。
 
「泣きそうになりました。みんなが応援してくれて『30勝を達成させてやる』と言って試合に入ってくれました。チャンスが回ってきたので、みんなの気持ちを形で表そうと頑張りました。4年間いっぱい投げさせていただいて、いっぱい負けたけれど、30勝挙げられたのは良かったです。自分が想像していた以上に4年間で成長できました」
 
常に冷静、感情を大きく動かすことはなく、自分ひとりで何でもできてしまう松本投手だが、野球はチームスポーツだ。いつも通り、少し笑顔を作る程度で淡々と取材陣の質問に受け答えをする松本投手だったが、そこには仲間に対する思いと、「泣きそうになった」という、今までにない感情を表す言葉があった。


 

この先もずっと、自分自身と向き合いながらコツコツと努力を重ねるであろう松本投手。そんなことをおくびにも出さずに、華やかなステージで淡々と、でも観客を魅了する投球をするに違いない。
 
獲得した球団は5年後、10年後に、より松本投手の真価を理解するかもしれない。今年も松本は変わらずローテを守り続けている、と。


 
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山本祐香
好きな時に好きなだけ神宮球場で野球観戦ができる環境に身を置きたいとふと思い、OLを辞め北海道から上京。「三度の飯より野球が大好き」というキャッチフレーズと共にタレント活動をしながら、プロ野球・アマチュア野球を年間120試合以上観戦し観戦記録をつける日々。最近の楽しみは、大学野球で逸材を見つける“仮想スカウティング”。面白いのに日の当たりづらいリーグを太陽の下に引っ張り出すべく、世の中に向けて発信をしていく。