このままでは東京パラリンピックが形骸化? 障害者のスポーツ参加に取り組む坂口剛氏の活動に迫る

Spportunityコラム編集部

盛り上がりを見せる障害者スポーツ しかし現実は...

 東京パラリンピックを2年後に控えて、障害者スポーツへの関心が高まっている。障害者スポーツ大会や体験会が各地で開催されているだけでなく、お笑い芸人を起用した障害者スポーツの認知向上イベントなども相次いでいる。テレビやCMで、パラアスリートを見かけた人も多いのではないだろうか。
 東京都が行った調査では障害者スポーツに「関心がある」「やや関心がある」と答えた人は57・1%にのぼり、2年前に比べて12.2ポイントも向上している。
 「共生社会」をコンセプトに標榜する東京パラリンピックに向けて、こうした盛り上がり自体は大いに歓迎すべきことだろう。しかし、こうした盛り上がりの影で、厳しい現実があるのをご存じだろうか。

 

置いてきぼりの障害当事者

 スポーツ庁がおこなった「スポーツの実施状況等に関する世論調査」(2018)によると、週1日以上スポーツをする人の率(以下スポーツ実施率)は 51.5%である。これに対して障害者のスポーツ実施率は20.8%と健常者の半分にも満たない。世間の関心はこれまでにない盛り上がりを見せているにもかかわらず、当事者のスポーツ実施率は5年前からほとんど変わっていない。世間の関心が高まっても、当事者である障害者がスポーツを始めるわけではないのだ。

※)障害者のスポーツ実施率 2013年 18.2% ⇒ 2018年 20.8% で+2.6ポイントとわずかな上昇に留まっている。スポーツ庁が定めた目標は40%である。
出典:笹川財団「地域における障害者スポーツ普及促進事業(平成30年)」より

 

ロンドンパラリンピックの教訓 東京パラリンピックの課題

 このような現象は日本に限ったことではない。歴史的な大成功と言われた2012年のロンドンパラリンピック。イギリス国内の障害者スポーツへの関心は大きく高まった。しかし当事者である障害者のスポーツ実施率はほとんど変わっていない。それどころか、むしろ下がっているのだ。
 '07年(17.2%) → '10年(18%) → '14年(17.2%) 
 ※)「Sport England (2014-2015)」より

 本来、パラリンピックは障害を持った方にを与え、スポーツ参加のきっかけとなるべきである。しかし、このままでは東京パラリンピックがどんなに盛り上がっても障害者のスポーツ実施率は上がらないのではないか。東京パラリンピックが障害者にとって意義あるものにするためには、何が必要なのか?

 

障害者がスポーツを始めるにはどうすれば良いのか

 障害者がスポーツを始めるには何が必要なのか。障害を持った方のスポーツ参加に取り組んでいる日本車いすスポーツ協会代表理事、坂口氏に話を聞いた。坂口氏はご自身のお子様、竜太郎さん(14)が2歳のときに交通事故に被災。それ以来竜太郎さんは胸椎損傷という胸から下が動かない重い障害と闘いながら、現在は車いすテニスの選手として活躍している。

 
 

◆ スポチュニティ編集部
--障害をもった方がスポーツを始めるためには何が必要なのでしょうか?--
 
◆ 坂口氏
「障害をもった人がスポーツを始めるには、気軽に遊びで始められる環境が大事なんです。それってわざわざ用意する必要はなくて、その辺の公園とか海や山があれば十分なんです」

◆ スポチュニティ編集部
--え!? バリアフリーのプールとか、車いすでも使える体育館とか、そういうのが必要なんじゃないのですか?-


◆ 坂口氏
「たしかに、そういう競技用施設(ハード)を整えることは重要です。でも、最初から競技でスポーツを始める人って少なくないですか?健常者でも公園でのキャッチボールやボール蹴りが、スポーツを始めるきっかけだった、という人は多いのではないでしょうか」


◆ スポチュニティ編集部
--なるほどですね。(そういえば筆者が野球を始めたのは道ばたでのボール投げだった...)でも、わざわざ準備する必要がないなら、なぜ障害者は公園で気軽に遊べないのでしょうか?--


◆ 坂口氏
「それは“障害を持った人は遊ぶものではない、ましてやスポーツなんてできない”という間違った先入観があるからだと思います。この先入観は健常者にも障害者の側にもあると思います」

 健常者の側にこのような先入観、偏見があるのは理解できる。しかし、坂口氏によれば障害者の側にもあるのだという。今でこそ、車いすテニスで活躍する坂口親子でも、公園で普通に遊べるようになるまでには多くの葛藤があったという。いったいなぜ当事者である障害者がこのような先入観を持ってしまうのか。受傷して間もないころのエピソードを語ってくれた。

  

 障害者に刷り込まれる先入観 その原因となるモーセの海割り

 ◆ 坂口氏
「うちの子を車いすで公園に連れて行くとモーセの海割りのようにさーっと人がよけて道ができるんです」
「それまで遊んでいた子供たちは端っこに避けたり、いなくなってしまうんです」
「こういうモーセの海割りが続くと“私たち障害者は外に出て遊んではいけないんだ”という気持ちが知らず知らずのうちに刷り込まれてしまうんです」
「健常者の方は、決して悪気はないんです、障害を持った人は助けてあげないといけない、譲ってあげないといけない、と良かれて思ってやってくれているんです」
 
 たしかに、悪気はないのだろう。しかし、こうした先入観から生まれる「善意の差別」が、障害者やそのご家族の外へ出て遊ぶ気持ちを削いでしまっているとしたら、そこには大きな問題があるのではないだろうか
  
◆ スポチュニティ編集部
-なるほど、知らずのうちに刷り込まれてしまうのですね。では、“障害者は遊ぶものではない”という先入観を取り除くにはどうすれば良いのでしょうか?-
 
◆ 坂口氏
「子どもが重要だと考えています」
 
◆ スポチュニティ編集部
--子ども、ですか?--
 
◆ 坂口氏
「はい、あいつらは遊びのアホですから(笑)、自分に障害があるなんて思っていないんです。純粋に遊びたい気持ちでいっぱいなんです。だから親さえ止めなければ、たとえ障害があっても子どもはどこでだって遊びますよ」
 
◆ スポチュニティ編集部
--なるほど、では障害を持った子どもが遊ぶために坂口さんがやっている活動というのは?--
 
◆ 坂口氏
「いくつかあります。私の息子は比較的重い胸椎損傷という障害なんですが、それでもできる限りいろんな遊びにチャレンジさせています。自分の息子が遊ぶ姿を通じて、「障害があっても普通の子どもと同じように遊ぶのが当たり前っていうのを示したいんです」
 
◆ スポチュニティ編集部
--なるほど、例えばどんな遊びをやっているんですか?--
 
◆ 坂口氏
「山に登ったり、スキューバダイビングしたりですね」
 
◆ スポチュニティ編集部
--え!?重度の障害でもそんなことできるんですか?--


 

◆ 坂口氏
「できますよ、親さえ止めなければ 笑」
「最初はひとりで始めましたけど、今は仲間が増えて、多くの仲間と「遊ぶ」活動を行っています。登山とか、スキーとか、マラソンとか、あとは猿山に行ったり、公園でボールを投げたり」


 

◆ スポチュニティ編集部
--すばらしいですね。でも、子どもを無理やり連れて行くわけにはいきませんよね?--
 
◆ 坂口氏
「はい、だから僕は、障害児の親御さん一人ひとりにお会いして『よかったら公園でボール投げしてみませんか?、楽しいですよ』って話しているんです。『まずは親御さんや兄弟だけでもいいじゃないですか、そのうち一人二人増えますよ、そしたらキャッチボールのようなことができるじゃないですか』ってお伝えしています」
 
◆ スポチュニティ編集部
--でもボール投げできないお子様もいますよね?--
 
◆ 坂口氏
「たしかにいらっしゃいます。でも例えストレッチャーに乗っていても、子どもは遊んでいる雰囲気が大好きなんです。みんなと一緒にいれるだけで嬉しかったりするんです。」
 
 坂口氏は自身の活動を通じて、多くの障害をもった子どもに遊びの機会を提供してきたそうだ。そして、その子供たちは、車いすテニスや陸上、水泳、アーチェリー、など日常的なスポーツへと移行していったという。まさに気軽な遊びをきっかけとしたスポーツ実施率の向上である。

 
 

健常者の側の先入観(障害者=可哀想)をなくすには?

◆ スポチュニティ編集部
--障害を持っている人(およびその親御さん)の先入観をなくす活動は分かりました。次に健常者側の先入観はどうすれば取り除けるのですか?--
 
◆ 坂口氏
「健常者の親世代に、考え方を変えてもらうのは無理です(苦笑)。今までさんざんやってきてダメでしたし、実際僕がそうでしたから。」
 
◆ スポチュニティ編集部
--え?坂口さんがですか?--
 
◆ 坂口氏
「僕も子供が障害を負う前は、『あの人たち大変そうだな、苦労しているなあ』って思ってました。そして、当時の僕が今の僕を見たら『君、立派だね、すごいことやってるね』って言ったと思います。でもそれで終わりだったと思います。障害者=可哀想な人という先入観は変わらなかったでしょうね」
 
◆ スポチュニティ編集部
--じゃあどうすれば?--
 
◆ 坂口氏
「親世代の先入観を変えることは無理でも、子どもたちは違います。子どもたちには障害=可哀想という先入観がないんです。だから僕は小学校をまわって講演活動をしています。『障害ってかわいそうじゃないんだよ、君たちと同じ人間なんだよ。だから一緒に遊んでみよう』って言って回っているんです。そうやって育った子どもが大人になれば社会を変えることができると思っています」
 
 坂口氏はこれまで関東の公立小学校を中心に50回を超える講演活動を行っているという。
 
◆ スポチュニティ編集部
--小学校の講演活動以外に何か行っていることはありますか?--
 
◆ 坂口氏
「あとは、日常生活で地道に説明していくことですね。例えば車いすで過ごしていると、子どもさんが車いすを指さして『ママ、あれなあに?』と言うときがあります。すると、お母さんが『ダメよ、ゆび指しちゃ、ダメよ、触ったりしちゃ』と言うんです。そんなときは『お母さん、叱らなくていいんですよ、ダメじゃないんです、触っても大丈夫です。これ、車いすって言うんですよ。子どもさんに説明してあげてください』ってお伝えするようにしています」
 
 こうした坂口氏の活動が実を結んだ一枚の写真がある。坂口氏が日ごろ活動している浦安の公園で撮られたものだ。ひとつの公園を、障害をもった子どもと健常の子どもが分け合って、各々好き勝手に遊んでいるのだ。大人の介入はなく、子どもたちが勝手にシェアしたのだという。ここには善意の差別から生まれるモーセの海割りはない。

 
 

東京パラリンピックを本当の意味での成功に導くために

 坂口氏の活動は地味で一足飛びにいくものではないかもしれない。それでも坂口氏は自身の活動を地道に広げていこうとしている。モーセの海割りで悩む障害者とその親御さんを救うために。

◆ 坂口氏
「私のような活動をする人が各都道府県に一人二人と増えていってほしいと思っています。そしてその人が、小学校を回ったり、公園で活動を拡げていけば、社会を変えられると思っています」
 
 障害者スポーツへの“関心の高まり”は、それ自体は大変喜ばしいことである。しかし、どんなに関心が高まっても、障害当事者がスポーツを始めるわけではない。東京パラリンピックを意義あるものにするためには、私たち一人ひとりが“障害者は遊んだりスポーツするものではない“という偏見をなくすことが大事なのだ。そしてその結果、東京パラリンピックでスポーツに興味を持った障害児が、気軽に公園で遊べる社会が創れたなら、それこそが世界に誇れる本当のレガシーではないだろうか。

 車いす陸上のメダリスト、ハインツ・フライ選手の言葉を紹介しよう
「障害のない人はスポーツをした方がよい、障害がある人はスポーツをしなければならない」
 障害によって活動量が制限されがちな障害者こそ、健康を維持するためにスポーツをすべきだという。

東京パラリンピックが一過性の盛り上がりで終わるのか、それとも、世界に誇れるレガシーを遺せるのか。
坂口氏の活動を心から応援したい。


【 坂口氏の活動 】
一般社団法人 日本車いすスポーツ協会 https://www.facebook.com/kurumaisusports/
車いすテニスクラブ ウラテク http://uratec.club/
坂口氏を応援するクラウドファンディング https://www.spportunity.com/chiba/team/281/detail/